”もみあげ”の米国株投資-お金で幸せになる!-

米国株での長期分散投資実録(個別株&ETF)です。2018年9月から投資スタート、40代・米国駐在員。現在投資資産1,400万!10年後に5,000万→20年後に1億を目指しています!投資&金融リテラシー&米国生活&サッカー&ジム&日常の出来事など飾らない自分の言葉でお伝えしていけたらと思います。お金で幸せになりましょう!

アメリカ留学体験記 いざ!アーカンソーへ 2001年9月11日の出来事

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米国株投資家として現在アメリカに駐在してるもみあげですが、アメリカに留学してた時がありました。アメリカのアーカンソーという場所に留学していたんです。そう2001年9月13日にアメリカに旅立ちました。

 

そのタイミングにえ??っと思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも本当にそのタイミングだったんです。今回はその当時を思い出しながらアメリカのアーカンソーに留学するまでの紆余曲折と海外旅行もそれまで行った事が無かったもみあげがアーカンソーにたどり着くまでをお話したいと思います。

 

留学のきっかけ

2000年、2001年の時はまだ就職氷河期の前で、働き口は沢山ありました。それなりの大学も行ってたので、えり好みをしなければ就職はできたと思います。

 

当時は システムエンジニアの需要も多く、それ関係の求人も沢山ありました。自分の志望がまーこともあろうに、商社か広告かSEともう統一性のないなにも志望動機もないような状況だったので、父親に相談したところ大反対を喰らってしまいました。

 

それで父親からせめてアメリカに行ってこい!英語を勉強すれば少しはまともになるだろうということで、アメリカ留学を決意といっても語学学校からですけどね。笑

 

留学先はアーカンソー州

留学するにあたって、JTBの留学センターに相談を行いました。確か新宿西口だったと思います。そこでやはり、留学先として人気がある場所を紹介してもらうんですよ。

schoolwith.me

自分の性格上とそしてその当時の英語スキルを考えて(多分TOEIC400点位のレベル)日本人が多い所は駄目だ!日本人が少ない場所がいい。日本人が全くいない場所はないんですか?と担当の人に尋ねたんです。(そんなところだけは志が高い。笑)

 

そしたら「アーカンソー州はどうですか?」と・・・・アーカンソー????

 

さてここでアメリカのマップ登場です。

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赤丸の位置がアーカンソー州になります。アメリカのどの辺か検討がついていた人はいらっしゃったでしょうか?聞いたことがある人はいらっしゃったでしょうか?この州は寧ろアメリカ人に聞いたとしても知らない人が沢山いるような州です。

 

一応アーカンソー州の特徴をWikipediaから・・・・

アメリカ合衆国50州の中で、陸地面積では第29位、人口では第32位である。州の北はミズーリ州に接し、東はテネシー州ミシシッピ州に、西はオクラホマ州テキサス州に、南はルイジアナ州に接している。略称Ark.,AR。州都かつ人口最大の都市は、州中央部に位置するリトルロック市である。前身のアーカンソー準州から1836年6月15日に合衆国25番目の州に昇格した[2]。

 

な!なんて特徴がない紹介なんだよ!びっくりだわ。

 

補足をいれるとクリントン元大統領の出身で更に・・クー・クラックス・クランKKK)白人至上主義の本拠地とも言われたりしていました。ウォールマート(WMT)の本社もアーカンソー州にあるんですよ!!

 

もみあげは好奇心と志だけは高かったので、その場で行きます!と即答してしまいます。酷い話ですよね・・今思えば。

 変な決断力だけはあります。(笑)

留学の出発前の出来事

 留学先も決まったけど、4月に大学を卒業してから留学の9月まで時間がありましたので、お金稼ぎも兼ねてバイトをしながら準備をしました。英語の勉強もしてましたけど、全く上手くなってる自覚もでなかったですね。

 

パスポート写真は怖かったので、当時の金髪から黒髪に変更!人相悪く映るからまずいなって。

 

そして書類なども申請が通って、いよいよ出発ということで、出発日の前日に当時付き合ってた彼女の家で1夜を共に過ごそうということになりました。それが2001年9月11日です。

 

そして日本時間2001年9月12日早朝にテレビを付けたんです。そうです。2001年9月11日 米同時多発テロが発生したんです。

 

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え??何かの映画の撮影がやってるの?ですよね。最初のコメントは。何これどうしたの?え?人間ってこういう時って理解の範疇を超えると声がでなくなります。

 

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*時事通信

 

こんなシーンが目の前で写されて誰が信じるのでしょうか。信じられなかったです。今もこの事を考えると恐怖を感じますし、テロの恐ろしさを改めて認識しますね。

 

本当にこの時に被害にあわれたご家族の皆様には心よりお悔やみ申し上げます。

 

すでに出発までに2日切ってたので、すぐに外務省やJTBさんに連絡しました。とりあえず1日待ってほしいという回答でしたので、とにかく待つしかないなと。そしてこの事故の後に飛行機に乗らなきゃいけない状況に思考回路はほぼ停止してましたね。

 

最終的には予定通り飛行機は飛ぶことになりました。

正直この時は飛んで欲しくなかった。

成田空港での出来事

両親も心配はしたのですが、やせ我慢で「行くしかないでしょ!」と当日は成田まで時間通り赴きます。そして実はもみあげはこの時が初めての海外だったんですよね。

 

当然フライトは遅れてる。海外旅行の経験もない為に、なにもできず待つしかない状況でした。3-4時間フライトが遅れた記憶があります。それまでひたすら待つ。待つ。そもそもアメリカにこれから行けるのかどうかももうわからなかったので、待つしかなかったんです。

 

心の中でこのキーワードがどんどん反復されていきます。

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そしていよいよ乗り込むことになりました。ルートは成田→シカゴ→アーカンソーという流れでした。(乗り換えのやばさもその当時は分かってなかった。)

 

今考えるとその時の経由地がシカゴだったんですよね。今アメリカのシカゴに駐在してるからなんか数奇な運命を感じちゃったりしています。この記事を書いたときにそうか、そういう繋がりがあったんだなって少ししんみりしてしまいました。

シカゴに到着

フライトで飛行機が飛び立つ瞬間は、何度もこれで死んだらどうしようとは考えましたね。その飛行機には今みたいに映画をみれたりとかそういうのも設置されていなかったので、ひたすら考える時間だけはあるんですよ。

 

考えると余計に怖くなってきますし、もう最終的には寝るしかない!といっても寝れないんですよね・・・初めての海外、そしてあの事件があった後で興奮状態なので、ひたすら落ちるな。って思ってました。

 

そして無事にシカゴに到着しました。初めて海外旅行に行く人であるあるなんでしょうけど、まず乗り換えができない!どこにいったらいいかわからない!更に英語も話せないために、空港職員に話しかけても通じない。

 

まさに途方に暮れてました。最終的には日本人だと理解してもらって、日本語が話せる空港職員が対応してくれましたが・・・・・

 

時すでに遅し、すでに乗継便は出発してしまっていましたね。この時の心情は「終わった・・やってしまった。これはもうどうしたらいいんだ?」とまたもやパニック。

 

ただその時の空港職員の対応が凄く優しくて、まずはホテルを手配してもらえた。更に次のフライトにも変更してくれた。そしてホテルでの食事も付けてくれるという、素晴らしい物でした。

 

この時、アメリカ人への見方も変わりましたね。こんなに優しい人種だったんだって。それだけでもいい経験をさせて頂いたと思います。

 

テロの件があったからだったのでしょうか。凄く心細い中でこの心遣いは本当に心に染みました。ただ、ホテルで夕飯を食べる時もなぜか結構いいランクのホテルを取ってくれていてメニューを見て注文しようにも、喋れないという・・これまた恥ずかしい状況でしたけどね。

 

シカゴからアーカンソー

ほとんど眠れない夜を過ごした後にいよいよシカゴからアーカンソーのフライトに乗り込むことができました。そして乗り込む飛行機が下記イメージです。

 

「待って?待って?こんな小さいの?大丈夫かよ・・・・」とまたもや不安がよぎりますよね。ただアメリカで大きな空港から小さな空港へのフライトはこれ位のサイズの飛行機が飛んでることは良くあることなので、後ほど考えると大したことではないのですが、当時は揺れるしあの事故が頭をよぎるし、もう不安でしょうがなかったです。

 

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そして飛行機がランディングしていきます

 

「ごごごごごごおおおお、、、シューー、、、やったあああああ!到着したやっとやっとアーカンソーに来たぞおおお」

 

そして税関チェックなどを終わらせて、外を見た瞬間。「俺は来たぞおおお!アメリカにぃぃぃぃぃ・・・ いいいい????」

 

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「ってなんで牧場?なんで牛がいるの?ああああああああ、、、本当にとんでもねーとこにきちまっただよおおおお。え?アメリカってこういう国なん???」

 

もみあげは旅行に行くときなどにガイドブックなどは一切今でも調べません・・笑

 その場で真面目に帰りたくなりました・・

まとめ

いかがだったでしょうか?今回はもみあげの初めてのアメリカ留学体験記をお話させていただきました。本当にただの備忘録になっちゃったんですけどね。ウォールマートを見てたらアーカンソーが最初の留学先だったなって思い出したので。

 

特に学ぶこともないかもしれないけど、よくよく思い出してみたら2001年9月11日 米同時多発テロのタイミングだったなと。一生忘れることができない出来事でした。

 

アメリカに留学する人はまさか、もみあげみたいに英語が全く喋れない状況で留学はいかないとは思うのですが、本当に話せないと苦労します。

 

そして日本がどれほど安全な国かも忘れない方がいいと思います。

 

今回の記事が面白かったというような反響があれば、アーカンソー州でのアメリカ留学経験はまだまだ波乱続きで面白いネタが沢山あるので、また記事にしてみたいと思います。

 

 Keep your finger's crossed!

 

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